ボッカとロッカ

This is a work of fiction.

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 首から上が燃えているよう。熱い。木の破片が腿に、尻に、背中に突き刺さって行く。なにかに飲み込まれているのかと思ったが、次第、自分が引きずられていることにハルは気がついた。顔がまるで火の玉になったように熱い。片目が開かない。両耳を落ち葉が流れていく。何か固いものが背中を削っていく。背中。背中はやめて。私の唯一うつくしいところ。陶器のようだとみんなが褒める。ハルの身体は木の根を越えて、小さく跳ねた。視界は緑色だった。昔男に殴られたときもそうだった。きっと、血が流れていて、それが目に入って来ているのだろう。医者が、はんたいしょくになるのですよ、と言ったのを覚えている。ハルの身体は止まった。ざく、ざく、と落ち葉を踏みしめて、なにかが足下から顔に近づいてくる。緑色の視界の中に、あのハンドバッグ男が顔をのぞきこんでいるのが見えた。細い、三日月のような目。その目の形は弓なりだけれど、白目の中に落ちた墨のような瞳は、こちらの言葉が通じない生き物の目をしている。ごっ、という音がした。首が横に揺れる。男が再び視界に入る。その手に、なにか金属の工具のようなものが見え、あれで顔を殴られたのだと知る。男は素手では殴らない。彼女は懐かしんだ。最後、おかしくなりかけていた頃、せめて素手でなぐってくれたらいいのになぁと思ったのを思い出す。ドリルのような器具を突っ込まれた時も、せめて腕だったらいいのになぁと思ったっけ。あの男は私を、少年が、捕まえたカエルにするようなことがしたいのだ。意思とは反して、送られた電気信号で身体が反応する女が見たいのだ。それを見て、笑い、興奮し、射精がしたいのだ。不思議そうな顔で男がハルの顔をのぞきこみ、また、ごっ、という音で、ハルの顔面を殴った。あれ、まだ、釘が刺さりきっていない?とふるう、トンカチのように。男はハルの目が動かないのを見て、首に手をやり、脈があるのを確認してから、よしよしと頷き、鼻歌まじりにハンドバッグをあつった。そして、木製のくさびを取り出すと、ハルの手の平の親指と人差し指の間にトンカチで思い切り打ち付けた。何度かトンカチをふるって、手を貫通したころ、下に石があったのか、打ち付けた側の男の手がしびれて、男は二三度手を痛そうにふった。そしてくさびごとハルの手を少し移動させると、下が土であるのを確認してから、再びトンカチをふるい、打ち付けていく。片手がうごけなくなったことを確認して、男はハルの身体から少し離れ、うつぶせのほうがいいかしらと考えた。なにしろ彼女の背中ときたら。そのうつくしい背中をめちゃめちゃにするというのもいい。男はしばしその方法について思いを巡らせた。次第、男は興奮してきたが、しかしそれは最後にしようと思った。うつぶせにして窒息して死んだら、楽しい時間がそこで終わりになってしまう。視界の端で、打ち付けた手の指が、空をつかむように動いた。男はモグラたたきの要領で、すばやくトンカチを振り下ろす。手のひらはだらしなくひろがった。男は再びハルの首の脈を取り、生きていることを確認してから、もう片方の手にくさびをうちこむべく、手首を握った。その時、気配を感じた。男の動きは止まった。ゆっくりと、動かずに、視線だけで辺りを見渡す。男は耳を済ませる。足音は聞こえない。しかし、なにか、地面から、地響きのような、電波音のような、なにかが伝わってくる。台所の、切れかかった蛍光灯管のような音の。そして意外なほど近いところで、いきなり落ち葉を踏みしめる音がした。男は振り向いた。目の前に黒く濡れた鼻があった。熱い鼻息が男の視界を曇らせる。びっしりと生えた黒い毛の間から熱気と、牙がのぞいた。男は腰を抜かしたまま後ずさった。とつぜん、獣の前足が浮いて、立ち上がり、咆哮を轟かせた。男は頭を両腕で抱えた。雷のような轟音が鳴り響き、樹々が倒されて行く。男は必死になって身体を縮こませ、這いながら逃げ出そうとした。獣はその男を四つ足で追い、走って突撃した。男の身体は獣の上に乗り上げた。獣はそれを振り落とし、その腕に噛み付くと、思い切り首を左右に振って、男の身体を木に叩き付けた。頭から血を流した男は近寄ってくるそれに対し、右腕を突き出し、まって、と言ったが最後、クマは立ち上がってその黒い爪を思い切り男の顔に振り下ろした。

 猟銃の乾いた音が、ぱん、と鳴って、隠れた鳥たちが一斉に空に飛び上がった。