ボッカとロッカ

This is a work of fiction.

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 写真集から顔をあげて、ロッカは唸った。そのうなり声を、ボッカはおかしそうに見ている。ボッカが写真集を引き取ろうと手を伸ばすと、ロッカは首を振ってそれを胸に抱き、返すまいとしたのでボッカの眉毛はハの字になった。しかたなく、ボッカは頷く。ロッカはにんまりとして、足をバタつかせながら、再度写真集を開いた。いろいろな国のいろいろな町の村のいろいろな人、猫、犬、象。

「クマはいないのね」ロッカは呟いた。もちろんボッカにはわからない。パタンと写真集を閉じて、ロッカはお礼と共にそれを返した。

「他の国に、クマになる人はいる?」ロッカは尋ねた。ボッカはもちろんわからない。二人は運転士がバスの車体に寄っかかって吸う煙草の煙の行方を目で追った。

「マーシャは、最初から、マーシャって名前じゃないのよ」ロッカは煙と空が一体になる瞬間を見る。「昔は、マルサだか、マアサだか、マサだか…そんな名前だったんだって。でもクマになったから、クマらしく、マーシャにしたんだって。マーシャは今コキョーに行っていて…はやく帰って来ないかなぁ。私、ママと二人きりって、とても気詰まり。だってママったら、私といるとき、過ごすって感じじゃなくて、監視なんだもの。まったく灰色のルーティーンよ。ママってぜんぜん、会話ってもんを楽しめないの。大人同士だと違うんでしょうけど、私に対しては…。悪いところはないかいつも探しまわってる。楽しい話をしている途中でも、すぐに恐ろしい顔になって、あなたそれこぼしてる、とか、そういえば宿題どうしたの、とか、姿勢が悪い、とか、水をさしてばかり。そんなことより、そんなことより、そんなことより…って、そればっかり!そりゃあ私の話は長いわよ?だけど、最後まで喋らせてくれたって、いいじゃないの、ねぇ?」

問われて、ボッカはわからないなりの控えめな笑顔を返す。ロッカはそれに頷いて、尚も続ける。

「それにママの作るごはんって、ものすごいごちそうか、缶詰かなのよ。間ってものがないの。あー、マーシャが作る茹でた豆が食べたい。マーシャはパンのお皿もあたためて出してくれるの。でもママは、買ってきたパンを袋ごと机に置くのよ?信じられない。で、そのことに文句言うと、じゃああなたが自分でやりなさいよ、だし、私が黙ってお皿をあっためようとすると、それは嫌味?とか、早く食べちゃって!とか。とにかく、ママは、私が家の中でする大好きなこと全部が嫌いなの。家の外でなにか、大人になるのに必要だと思われる…ママが思っている…そういうことをやっていて欲しいわけ。それではやくこの町を出て行って欲しいと思っている。ママは私がこの町に居続けて、クマになるのが怖いのよ。でもこの町を離れたからって私がクマにならない保障が?」

ロッカは開いた両腕を、ばたん、と膝に置いた。煙草を吸い終えた運転士は、バスの座席を点検している。

「私ほんとうは、マーシャといっしょに眠りたい。だってすごく気持ちがいいんだから、マーシャに抱きつくことは。とくに冬毛は最高なの。マーシャは太っていることを気にしているけど、クマにしちゃ、スマートなほうだと思うわ。でもね、ぜったいいっしょに眠ってはくれないの。もしも、眠っている間に完全にクマになってしまったらって。それで、夜眠る時だけはね、自分で檻の中に入って、鍵をかけて眠るのよ。立派なベッドは入っていても、あんなのって牢屋よ。だから私、檻を、うんとカラフルに塗ろうって言うんだけど、そんなのは趣味じゃないって。マーシャは肉も食べないのよ。血の味を覚えちゃうのが、怖いからって」

ブザーが鳴って、バスの乗車口が開く。ボッカは立ち上がり、ロッカに手を振る。ロッカも手を振る。

「私の話していること、いつもわけわかんないと思うけど、聞いてくれて、ありがとね」

ボッカは頷き、バスの後ろ側へと歩いて行く。