ボッカとロッカ

This is a work of fiction.

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「お手紙ありがとう。私も手紙の返事を書こうと思って、書いてみたの、本当よ、だってそうしたら、あなたの言う機械かなにかで…翻訳?して、私の言うこと、わかるんでしょう?だから書いたの、そしたら八枚くらいになっちゃって、こんな分厚いの、それで、読み返したら、読み返すたび、すごく…つまらないって思っちゃって。私、あなたのそのすばらしい…機械?に、翻訳してもらうほどのこと、なんにも書いてないし、べつにいいのよ、私の話なんて、小鳥のさえずり?くらいに聞いててくれれば。ってちょっとたとえがずうずうしいかもしれないけど」

一気に言って、ロッカはボッカを見やった。ボッカは隣に座る彼女をちらりと見たが、再び正面を見据えた。ロッカはそれでかまわないと思った。

「あなたの国の…未成年と喋ったらいけないってやつが、法律なのか、条例なのか、宗教なのか、わからないけど…宗教だとしたら、あなたがいけないって思っているってことだから、ダメなのよね。でも、べつにいいの、私、あなたとおしゃべりがどうしてもしたいってわけじゃないから」

 バスは旋回を終えて、すとん、と折り返しの定位置に収まった。ロッカは立ち上がり、ボッカの正面に立ちふさがった。ボッカはほんの少し狼狽した。かまわずロッカは咳払いをして大きく口を開けると、一語一語、大きく口を動かした。

「私の名前は、ロッカです」

落ち着かない様子だったボッカは、その意図を汲み取り、じっと彼女の口の動きを見た。そして、人差し指をロッカに出す。彼女は意思が通じた喜びにうち震えた。再び自己紹介を繰り返す。教科書の一ページ目のイントネーションで。

「私の名前は、ロッカです」

ボッカは口の中で、ロッカ、と音もなく言うと、大きく、ひとつ頷いた。ロッカはホッと肩の力を抜き、偉業を成し遂げたとばかりにベンチに腰を下ろした。

「どうしても言いたかったのは、それだけ。名前だけ。あとはいいの、音楽か、詩の朗読だとでも思ってて。だって詩だって、わけわかんないしね、少なくとも私が学校で習う詩は、私にはわけわかんない…」

運転士は外に出て、煙草に火をつけた。煙草の煙と、山の煙が、なにかの秘密の暗号のようだ。

「手紙は…そのうち焼くから。まだ焼けないけど、きっと焼くから、安心してね。そう…あなた…機械になりたくて、なれなかったのね。私のおばあちゃんは、たくさん管がついて、心臓は機械で動かしていてね、電動の車椅子に乗って…ほとんど機械みたいだった。それでも機械じゃなかったもの。よっぽどのことをしないと、人間は機械になれやしないんだわ。もう一人のおばあちゃんは、コキョーにいるの。あなたの言う故郷と、コキョーは、似ているかもしれないけどたぶんちょっとちがくて。クマが死ぬか、死にそうになると、コキョーに行って、クマの形をした影として生きていくんですって。影なのに、生きてるって言い方へんだけど。本当にそんなところがあるかどうかなんて、知らない。でも、マーシャは時々そこに行くの。なにか、クマの儀式があるみたい。ああ、そう、うちのおばさん、クマなのよ。あの、クマのマーシャは私の叔母で、もともとはただの叔母だったの…改めて言うと、奇妙な話。私たちもう慣れちゃってるからなんとも思わなかったけど。叔母は、占い師だったの。森の中でひっそりとね、占いをしていて…今でもその頃のファンが尋ねてくるの。そういった人たちにはね、マーシャはカーテンで姿を隠して会ってあげるのよ。その方がより占い師らしくなっちゃった。それで、ええと、そう…話は戻って…見た目が人間だった頃…マーシャはクマになる前から太っていたんだけど、ある秋、なんだかやたらと食べててね、ちらりと雪が振った頃に、眠がって眠がって、眠ったまま、起きなかったのね。もちろん医者にも見てもらったけど、低体温ではあるけど眠っているだけだってことで、じゃあ私たちが寝ているときに起きだしたりしているのかなって、ほっといたら、春までけっきょくそんな感じでね。木蓮の花が咲く頃、ベッドから出た叔母は、全身に濃い毛が生えていて、爪は黒く、肉球のような膨らみができて、犬歯が長くなっていてね…ママは、だから八重歯なんて抜きなさいって言ったのにって激怒して…それで…それでね、私たち家族は、諦めたの、ああ、マーシャはクマになっちゃったんだって。私たちの先祖は、定期的に、クマになる人がいたから。ならない人もいるのよ。ママは、自分はならない人だと信じている。私はどうだろう。あなた、私はクマになると思う?」

ロッカはボッカの瞳をのぞきこんだ。ボッカの灰色の瞳は、石のようだとロッカは思った。とても親しみのある、すべすべした石。子どもならみんな持って帰りたくなる石。ロッカは心の中で手を伸ばし、その石の表面をなでた。川底の石だ。手の平に包んで、ポケットにしまうと、彼女はノートにナイフで穴を開け、その石を埋め込む。そして、表紙を閉じて、一日をしまいこむ。彼女にとってのとてもいい一日が終わる。