ボッカとロッカ

This is a work of fiction.

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「あんたのママ、また帰って来ないの」

校門を出たところで、同級生のアンがロッカを待ち伏せしていた。あの日、塾をさぼったことがマーシャにバレて(塾の先生が家に電話をしたのだ)、それからというものロッカはおとなしく、放課後のあれこれに通っていた。今日はようやく唯一の、なにも予定のない放課後だ。ボッカに会える、かもしれない。彼女の心ははやる。はやるというのに。ロッカはお弁当の残りのハチミツのホットサンドにかぶりつきながら、上目使いでアンを一瞥したが、歩みの速度は落とさなかった。アンはロッカの歩調に合わせるために小走りで隣に駆け寄った。

「あんたのママがいないとき、あんたっていっつも、ハチミツのサンドイッチ食べてる。あんたのママの弁当はいつも、リンゴとスナックとチーズだもん」

彼女はチラチラとロッカを盗み見た。ロッカの咀嚼のリズムと歩調が等しい。

「よく見てんのね、人の弁当」ロッカは前を見たまま歩く。

「でもそのハチミツも、あんたのおばさんが本当に作ってるわけじゃあないのよね?役場のおじさんたちが作ってるやつ。詐欺、詐欺」

アンは私を怒らせたいのだろうか?ロッカは咀嚼し続けた。

「うちのママ、今度、ホテルの掃除係のリーダーになったんだって。あんたのママみたいなの、困るって言ってたよ。客室を使うし、鏡は独占するし、宿舎に男は連れ込むし」

サンドイッチが全て喉を通りこして、ロッカは言った。

「私今それどころじゃないのよ。中年向けのゴシップライターに付き合う暇ないの。あっちに行っててくれる?」

アンは首をすくめて眉頭を更に寄せた。

「そんなこといったって、これは私の帰り道でもあるし」

「待ち伏せしていたくせに」

「してないわ」

「じゃあもう私にかまわないで。私とっても忙しいの。目に見えない部分でね、考えたいことがいっぱいあるのよ」

実際、ハルが帰って来ないのはどうでも良かった。今に始まったことではない。町の外に出たならともかく、居場所もわかっているし、いないならばその方が好都合である。特に今のような状況の時は…。アンはロッカの耳元に近づいた。

「学校なくなるかもしれないって聞いた?」

ロッカははじめて立ち止まった。予想していなかった動きにアンはつんのめる。

「うそよ」

「聞いたもの」

「だれに」

「誰だっていいでしょ」

「あんたのママはなんだって子どもをいたずらに不安な気持ちにさせるの?」

「私に話してたんじゃないわよ」

「立ち聞き」

「聞こえちゃっただけよ」

ロッカは前を向いて歩き始めた。考えることが増えたことに若干腹を立てていた。アンは追うように、更に続ける。

「ね、どうする?そしたら私たち、どこの学校に行くんだと思う?引っ越しになるのかな…。あんたんちは引っ越せないわね、クマがいるから」

「叔母よ」

「だけどクマでしょ」

「あんたんちのママなんかゾウガメじゃない」

「人間よ」

「あら、そうなの?おしゃべりなゾウガメだと思ってた」

「あんたんちのクマ、昨日の夜、吠えてたでしょ」

「バカ言わないで」

「遠吠えっていうの?やっぱり満月は吠えずにいられないんだ」

「吠えてないわよ。サニーんとこのバカ犬でしょ」

「カールはバカじゃないわ、お手だってするし」

「お手なんてする方もさせる方もバカよ、カールだなんて名前からしてバカみたいだし」

「犬が嫌いなの?」

「あんたもそのうち、前歯が抜け落ちるわね」

「なんの話?」

 すいません、と声をかけられ、二人はハッとして身を固くした。振り向くと、中折れ帽子をかぶった男が立っていた。仕立ての良いスーツを見て、二人の身体は少しばかりゆるむ。あの手に持った大きな黒いハンドバッグは男物なのだろうか。男は筋張った笑顔で二人に、この辺りで占いをしてもらえるところがあると聞いたのですが、と尋ねた。二人の少女は目だけ動かし、視線を合わせた。アンはなにか言いたげにもにょもにょと口を動かし、ロッカがそれを強く諌めた。そしてロッカは男の靴の尖ったつま先を見ながら、「役場で聞いてください」と固い口調で答えた。「私たち、知らない人と話したらいけないといわれているので」

 男はなぜか嬉しそうに笑い、そうか、それは悪かった、と言って、帽子に手をやった。

「あの!」ロッカは男のつま先を見たまま言った。「なにを占うんですか」

 アンは声にならない声で、ちょっと、と注意した。話を広げていることについて、そして、プライベートすぎる質問について。

「人を探しているんだ」帽子の男は答えた。ロッカは頷いた。ロッカの視界から、つま先が出て行こうとするのを、彼女はまた引き止めた。

「あの!」

アンはロッカの脇腹をつついた。もうやめて欲しかった

「占い師はもうこの町にはいません」

アンはおどおどと、帽子の男を見上げた。男は少しだけ眉毛をあげたが、さして気にしていない様子だった。

「そうか、それは、残念だなぁ。とても腕のいい占い師と聞いていたので」

「誰に聞いたのですか」

「占い師の妹に」

ロッカは顔をあげた。興奮で、頬が染まっている。アンはロッカの袖口を引いた。

「居場所を知っているかい?」

ロッカはとつぜん走り出した。びっくりしたアンは、まってよ、と怒鳴りながらそれを追った。中折れ帽子の男はそれをしばらく見ていたが、やがて役場を探しに歩き始めた。