ボッカとロッカ

This is a work of fiction.

8

 夜半、ご機嫌で帰宅したハルは、ビール瓶をくわえながら一通りマーシャの話を聞くと、椅子に行儀悪く片膝を立てて、その職員とヤッとことがあるけど、とテーブルのチーズに手を伸ばした。

「あの人独身なの?」とマーシャ。

まさか、と、ハルは鼻で笑った。

「私と寝ようって独身がいるもんですか。結婚でも迫られたら大変じゃない」

「男が、あなたに?」

「私が男に、よ。」

自分で言うのか。

「そういう風に見られているってことよ。だから、独身の男は私に手を出してこない」

「あなたも、手を出さないってこと?」

ハルは口角を思い切り下げて、肩をすくめた。どういう返事なのかマーシャにはわからなかった。マーシャは憂いをおびて、ナッツをもてあそんだ。

「あの人、娘さんがいるって。いい教育を受けさせたいんですって」

「子煩悩をアピールする男ほど、浮気すんのよ」

「まさか」

ハルは哀れんだ顔をマーシャに向け、大きなゲップをした。

「姉さんは男を知らなすぎる」

マーシャはナッツをみっつ口に運んだ。ハルは鼻を鳴らした。

「聞く事ないわよ、あんな奴の話。いつだって自分のしてること、正当化するような奴よ」

マーシャはカシューナッツを一粒かじった。

「ま、姉さんが給餌プレイをしてみたいなら別だけど」ハルは人参スティックをマーシャの鼻先で揺らした。マーシャは爪でそれを避ける。ハルはくぐもった笑い声をたて、人参スティックをくわえた。

「あの子今日はピアノ行ったの?」

「だと思うけど。私も出かけていたから。ねえ、やっぱりロッカに習い事多すぎるんじゃない?」

ハルは聞こえなかったふりをしてビールを煽る。

「家で、あんまり私と二人にさせておきたくない気持ちはわかるけど…べつに、クマがうつるってわけじゃないから…」

ハルは髪をぐしゃぐしゃとかき回し、ビール瓶をあおった。大きなゲップを出して立ち上がり、流しで空き瓶を洗いに立つ。ざーっという水音が蛇口を締める金属音に切り取られる。ハルはマーシャを見ずに言った。

「私またしばらく帰らなくていい?」

マーシャはちらりとハルの背中を見て、再びナッツに爪を伸ばした。

「いいってことは、ないんじゃない?」

「そうね」

それからしばらく、ハルは家に帰らなかった。