ボッカとロッカ

This is a work of fiction.

1

 運転士の後ろの一人席にふんぞり返って、ロッカはおしゃべりを続けていた。

「私はこれこのとおり、とくに美人でもないし」

ふん?と運転士が鼻を鳴らす。

「まず第一に、目が寄り過ぎてる」

運転士は振り返る。

「前見て!」ロッカは叫んで運転席を蹴った。

「今のシーズン、誰も通りゃしねぇよ」

「鹿が横切るかもしれない。それから逃げ出した羊たち」

「みんなどっか行っちまってるよ」

フロントガラスの向こう、赤茶けた地面に伸びる一本の白い道のその先の、塔のように切り立つ山々を、二人は見つめた。一番高い山からは、今も、白煙が吹き出している。スモークキングと呼ばれるその山の名前の由来は、「煙草を吸う」のスモーキングから来ているとは知っていたが、この町に住む人間で、実際スモークしているのを見た者はいなかった。半年前までは。

「とにかく」ロッカは続けた。「私は未来永劫この町からは出ないって、そういう話よ」

「座ってろ、ロッカ」運転士は注意した。「それから少し口を閉じてな」

「無理よ!」ロッカは叫んだ。

「無理ってことはないだろう。授業中は黙ってるんだろ」

「だって今は授業中?」

運転士はため息をついた。「やる気の問題だろう?そんなもん」

「うちのママみたいなこと言って。ママはね、私はこのままでいくと、前歯が全部抜け落ちてますますおかしな顔になるって」

「そんなこたぁないだろ」

「おしゃべりをしすぎると前歯がどんどん伸びて、抜け落ちるんですって!」ロッカは震えた。「でも喋るのをやめられないの」

「困ったもんだな」運転士はガムを口に放り込んだ。

「困っていないわ」

「困っていない?」

「覚悟しているもの。私のおしゃべりは、覚悟の上で成り立っているのよ。そんじょそこらのおしゃべりとはわけが違う」

運転士は鼻をつまみ、笑っているのをごまかした。

「前歯が抜け落ちたらね、私に冬の時代が訪れるの」

「今の季節は?」

「さしずめ春ね」

「はあん」

「冬の時代の私は、口をまったく開かず、じーっと黙っているんですって。目ばかりギョロギョロさせて、食器棚の一番下の段を自分の部屋にするって」

「ねずみみてえだな」

「前歯の抜けたねずみは、それはそれは傷ついているでしょうね」

「そうならないように、おしゃべりを控えたらどうだい?」

「あなたね、私の話をちゃんと聞いていた?これは運命なの」

「おばさんがそう言ったのか」

ロッカが立ち上がって運転席に回り込んだので、バスは大きく蛇行した。

「危ねぇよロッカ、座ってろ」

ロッカは運転士の視界に、人差し指を突き立てた。

「マーシャはそんなことは言わない。マーシャは、私の未来を占ったことは一度もない。それは、呪いになるから」

「座ってろって」

ロッカは人差し指を引っ込めたが、座りはしなかった。

「呪いをかけるのはママよ。簡単にかけるわ」大人びた腕組で、指をひらひら動かす。「パルメザンチーズみたいにね」

「それ、着いたぜ」

 サイドブレーキがぎいっと鳴り、バスは大きく前後して停まる。終点のアナウンスが流れるが、乗っているのはたった一人だ。ロッカはステップを跳ね、赤い地面にふんわりと着地する。毎度、この瞬間、彼女は新しい星に降り立つ宇宙飛行士だった。火山灰が、散った花びらのように舞っている。その新しい星で、ロッカの瞳は奇妙なものを捉えた。大きく開かれた彼女の瞳は夜空のようで、光の粒がいくつもはじけ飛び流れそれがおさまると、その中央に、首の長い男がぽつねんとベンチに座っている姿が浮かび上がる。

 あんなやつ見た事ない。

 ロッカはリュックの肩ひもを両手でぎゅっと掴み、男を見つめた。長いのは首だけではなく、手も、足も、全体的にひょろ長い男だった。同じベンチには色ちがいの花柄のハンカチーフをかぶった三人の聾唖のご婦人方。はじめは男を気にしたのかもしれないが今ではまるで彼のことが見えていないかのように、せわしなく手と顔面の筋肉を動かし続けている。男の方はといえば、三人のことを、穀物をついばむ雀かなにかと思っているかのごとく、全く気にしていなかった。やがてバスが旋回を終え、折り返し運転の準備が整い、乗車口が開演前ブザーよろしく鳴り響くと、わいわいとした空気を神輿のように車内に押し込めながら、ご婦人がたはステップをあがっていく。ところがあの男はバスの後方へとまわって以降、乗車口には現れない。ロッカは首をひねった。と、それを合図にバスは急発進をした。そして彼女はバス後方、ナンバープレートの上あたりに、男が張り付いているのを見る。ベンチに腰かけているのと同じ格好で、背負子をひっかけるように座っている。まるでバスを背負っているかのように。ロッカはじっとそのバスを見送った。やがてそれが見えなくなると、耳のあたりにまとわりつく毛先と蠅をいっしょくたに手ではらいのけ、一目散に走り出した。走らずにはいられなかった。